先日ある場所で「仕事でミスをした犯人を探す」的な話題になりました。なんとも穏やかではない話ですが、これ系の話はちょくちょく耳にします。ミスにも大小あり中身にもよりますが、常にミスなき業務でありたいものです。今月は、「犯人探し」をすることになった場合、こうであったら良いのではないかなという僕の持論を展開してみます。犯人と聞くとネガティブなイメージに包まれますが、実はそうではないというお話です。
ミスしてくれてありがとう!
業務を進める上で誰もミスはしたくないはずです。でもやってしまう。お金が合わない、物が壊れる、取引先と喧嘩する、重大な事柄を報告しないなど、どこでも起きうる人為的ミス。『誰がやった?』またあいつか、ほんとうに困ったやつだ。という流れはどの会社にもあると思います。でもその人は『故意』にやったのでしょうか。おそらくそうではないでしょうが、その真意を知る術はありません。ここでこう考えてみます。『そのミスはなぜ起きたのか』『他の人間でも起こす可能性はあるか』『これは人の問題ではなく、仕組みの問題ではないか』と。ミスした人はたしかにその時点では犯人です。やっちゃったのですから。でも、そのミスが今後また起きるかもしれないという暗示をくれた発見者でもあるのではないでしょうか。この考えを持って問題に挑めば、犯人を見つけて叱責して終わるよりも、業務プロセスを改善するきっかけになるなど、良き面につながる可能性があります。
完璧な人間など居ない
僕はどんな場所においても完璧な人間は存在しないと思っています。会社の中には役職と責任をベースに、経験と技量・頭脳、やる気と情熱、右脳派・左脳派の得意分野、明るい・暗いの性格など、人それぞれ良い悪いの両面があります。ミスをした人はミスをする要素があっただけで、全否定するべき罪人では無いはずです。会社組織では、社員の能力を重んじがちですが、それよりも重要なのは、業務の仕組みやプロセスであり、その浸透と確認が大事になるのだと思います。ミスの内容を全員で受け止め、二度と起こさないためにはどんな工夫が必要かを探るチャレンジをしてみたいものです。
令和的チーム作り
以前ここでZ 世代の話題に触れました。僕から見てもZ 世代は驚異です、感覚が違うのです。そんな若い世代を束ねるには何が必要なのでしょう。Z 世代の若い社員がミスをして、みんなの前で叱責された。そうしたら次の日出社して来なかったとしましょう。本来ミスをした本人が悪いのですが、もし対応を違うものにして、例えば『今日こういった出来事があった。●●さんの担当だったのだけど、ミスしたこの出来事は今後皆も起こす可能性がある。ここで一つ、改善についてみんなで語り合いたい。』としたらどうでしょうか。令和的チーム作りは、『共感・共有・承認・オープン』などが必要と思っていますが、今までのように頭ごなしにミスを指摘していた時代は終わりに近づいているのかもしれません。人は「気づき』がなければ変われないというのが僕の持論ですが、気づかせるためにも本人の内面にできるだけ寄り添いたいと思うところです。
今回は犯人探しから業務改善の話題でしたが、やり方は企業の数だけあると思います。そしてどんな場所でも成果を上げることができると信じています。成果を上げるヒントは、時折犯人が引き起こすミスから得られる業務改善の積み重ねなのかもしれません。